2016年05月17日

オマールの壁

「パラダイス・ナウ」でパレスチナ人の心情を世界に伝えたハニ・アブ・アサド監督の傑作。パレスチナで青春を送る一人の青年を通して、国際社会の非情さを明らかにしています。カンヌのある視点部門審査員賞受賞

 作品情報 2013年パレスチナ映画 監督:ハニ・アブ・アサド 出演:アダム・バクリ、リーム・リューバニ、サメール・ビシャラット 上映時間:97分 評価★★★★(五段階) 観賞場所:渋谷アップリンク 2016年劇場鑑賞97本目



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 【ストーリー】
 パレスチナのパン職人オマール(アダム・バクリ)は、幼馴染みの親友タレク(エヤド・ホーラーニ)の妹、ナディア(リーム・リューバニ)と両思い。近くプロポーズをすることを決めていた。しかし、町の真ん中にはイスラエルが築いた巨大な壁があり、ナディアの所に行くには監視の目をかいくぐって壁を越えなければならない。

 オマール、タレク、そしてもう一人の親友アムジャド(サメール・ビシャラット)はイスラエルの検問所を襲撃する。だが、秘密警察に捕まったオマールは拷問を受け、一生牢屋に入れられナディアを酷い目にあわせると脅される。そして、イスラエルのスパイになるよう、ラミ捜査官(ワリード・ズエイター)から迫られた。果たしてオマールの選択は…

 【感想】
 「アイヒマン・ショー」では迫害を受けていたユダヤ人が、パレスチナ問題では迫害するほうに回る。歴史的な経緯は複雑で、門外漢が口を挟むことではないのだけど、例えば、パトロール兵がオマールにいいがかりをつけニヤニヤ笑いながら暴行を加えるシーンは、結局、今の時代でも人間の悪意というのがむきだしになっていることを明らかにします。

 序盤は3人の青年とナディアのなんということもない平穏な生活が続きます。恋人の家に行くことすら命がけだけど、その壁にロープをかけ、オマールは楽々、壁を乗り越えていきます。しかし、中盤以降、話はどんどん重くなり、ついにオマールは壁を乗り越えることができなくなります。どんな過酷な状況におかれても前向きに生きることと、自分の行動に後悔をして生きる力がなくなってしまうことの対比がよく表された命シーンです。

 スパイサスペンスとしてもよく凝ってあり、オマールの選択はどうなるのか、そして、だれが敵でだれが味方かというのが二転三転します。ただ、占領下の住民と、強大な力を持つイスラエル諜報部とでは圧倒的な差があり、オマールの選択は、事態を悪化させていくのに、それをせざるを得ない被占領者の哀しみがよく伝わっていきます。

 うまいなと思ったのが、悪役のはずのラミ捜査官が、家庭では良き父親で、奥さんに怒られて幼稚園の子供を迎えに行く約束をしているところ。えてしてこういう作品では、悪役は薄っぺらいキャラクターなんですけど、それこそ、ごく普通の人が、立場や仕事によっていかにむごいことができるのかという、人間の愚かしさも表していました。

 パレスチナの壁はイスラエル政府はテロ防止のためと説明していますが、実際は占領地を恒久的な領土にするためとも言われており、国連でも非難決議がされています。しかし、壁の建設は着々と進んでいます。ニュースではそこまでしかわからないけど、オマールやナディアのような人たちが実際にも息づいていると考えると、重たい気持ちがのしかかります。

 パレスチナの俳優は初見ですが、アダム・バクリとリーム・リューバニは美男美女のカップル。それが、政治に翻弄され、傷ついていく様子は見ていて心が痛みました。
posted by 映画好きパパ at 06:23 | Comment(0) | TrackBack(4) | 2016年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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