作品情報 2018年日本映画 監督:片山慎三 出演:松浦祐也、和田光沙、 北山雅康 上映時間:89分 評価★★★★★(五段階) 観賞場所:ヒューマントラストシネマ有楽町 2019年劇場鑑賞70本目
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【ストーリー】
田舎の港町に住む道原良夫(松浦祐也)は右足が不自由。それが原因で地元の造船所をクビになる。妹の真理子(和田光沙)は自閉症で、一人で外を出歩いてはすぐ迷子になり、良夫はそのたびに探さなければならない。
仕事も見つからず、困窮生活が続くなか、迷子になった真理子が保護された男性に体を許し1万円をもらってきた。良夫は激怒するが、その意味が分からない真理子はお金をもらってうれしそうだった。やがて電気もガスも止められ、良夫は泣く泣く真理子とともに夜の町を歩き、男達に真理子を買ってもらおうとするのだが…
【感想】
「万引き家族」をはじめ、貧困問題を取り上げる邦画は増えていますが、どれもフィクションのきれいごとという感じが否めませんでした。例えば「万引き家族」なら樹木希林ら有名俳優がいくら貧困の役になっても、ほかの映画をみれば金持ち役をやってたりするので、まあ、映画の世界だなとこちらも安心するのです。しかし、本作は無名のキャストをそろえているうえ、邦画では数少ない貧困の汚さ、障害者への差別や性を正面から取り上げており、ただただ、呆然と見守るだけです。
ネットでは「生活保護を受ければ解決する」という意見もみましたが、日本の生活保護の補足率はわずか2割。8割の人が受けていないのが現状。良夫をみても役所を頼ろうという発想がそもそもありません。また、かつては地縁血縁が助け船を出してくれましたが、田舎の最底辺の生活ではそれも望めないし、自分の生活ですらやっとですから、真理子を障害者の自助グループにいれようという発想もなかったでしょう。唯一、良夫の友人の溝口肇(北山雅康)は警察官をしており、迷子になった真理子を捜してくれたり、何かと気を遣ってくれますが、一番肝心な生活保護を受けさせようとか、そういうことまで行き着きません。目先の可哀想で手一杯なわけです。
だから溝口からみれば、自閉症の妹の体を売らせるなんていうのは、とてつもなく汚らわしいし、警察官の立場上、許せません。けれども、単に悪い者を悪いと切り捨てるのでなく、根本的に解決させようとしないというのは、溝口だけでなく実は観ている観客にも刃を突きつけており、貧困から目を背ける、あるいは貧困にそもそも気づけない、「普通」の人たちの罪を問うています。
さらに、貧しいから美徳なんていうことはなく、貧乏人、弱者は相手を思いやる余裕がないジャングルの住人でしかありません。地回りのヤクザに見つかった良夫たちは、身の毛のよだつような恐ろしい目にあいます。地元の不良中学生にオヤジ狩りにあったり、ホームレスと残飯を奪い合うこともあります。結局、どんなにひどい目にあっても、生物としての生存本能、性欲というのは不滅です。一方、真理子がヤクザにひどい目にあったのに、当の本人はそれが理解できず、むしろ、化粧で顔がきれいになり、気持ち良いことを歓んでいる。純粋無垢な心は聞こえがいいけれど、でも、世間の善悪がわからないため、悪意に蹂躙されてしまう。そのもっともとんがった事例がこれでもかと見せつけてくれます。ひたすらやりきれなさが残ります。
さらに、常連客となる中村(中村祐太郎)は小人症であり、真理子をバカにする他の客と違い、一人の人間として真理子をみてくれます。それはやがて恋愛めいたものに発展していき、そのときの2人の枕元での会話、見上げる空など、ラブストーリーとしても超一級。こういうところを盛り込むのが、これが長編初監督とは思えない片山監督のすごみです。
かといって、暗いシーンばかりでもなく、いじめられっ子の童貞中学生を真理子が男にしてあげたあと、良夫が妙に上から目線になったり、奇想天外な方法で喧嘩に勝ったりと、笑える場面もさしこまれます。しかし、それすら生きるために必死になっているから、こういうことができるというのがわかり、お話としかみえない他の作品とは、レベルが違います。
片山監督は、韓国のポン・ジュノ監督の「母なる証明」で助監督を務めた経験もあり、韓国映画のえぐみを日本でも見事に再現しました。制作費が300万円だそうですが、まさにこうした作品が邦画の中心になるのではないでしょうか。また、松浦の妹を思いやりつつも、生活のために超卑屈でぽん引きを勤める演技はすさまじいのひとことですし、過激なシーンも多い和田光沙は、自閉症の人そのものになりきっており、やはり韓国映画の「オアシス」を想起しました。上映時間が短いのに、最後まで緊張感をとぎれさせず、見終わった後はぐったり。でも、やはり映画はこうじゃなくてはね。
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