2019年10月15日

お嬢ちゃん

 主人公や周辺の何気ない日常会話をワンカット長回しで撮影する凝った技法の作品。最初は手ぶれもあり、結構しんどかったのですが、主人公役の萩原みのりの不機嫌さにどんどんシンクロして、いつまでもこの世界にひたりたくなりました。

 作品情報 2018年日本映画 監督:二ノ宮隆太郎 出演:萩原みのり、土手理恵子、岬ミレホ 上映時間130分 評価★★★★(五段階) 観賞場所:新宿Ksシネマ 2019年劇場鑑賞313本目



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 【ストーリー】
 鎌倉で祖母(岬ミレホ)と暮らす21歳のみのり(萩原みのり)。勝ち気で何事にもこびず、おかしなことはおかしいとズケズケいう彼女は、周りから空気が読めないやつといわれることもある。

 親友の理恵子(土手理恵子)が酔った合コン相手(伊藤慶徳)からからかわれたことを知ったみのりは、自分より体の大きい男に文句をいって、蹴り飛ばす。しかし、そんな彼女にとって生きづらい世の中で、常に不機嫌をかくせなかった。

 【感想】
 最初のシーンが、海辺にいる親子連れの何気ない会話がワンカットで始まります。そして、カメラがパンして、海辺で待ち合わせている若い女性達の会話に映るのですが、この親子連れも若い女性達も登場シーンはこれだけ。つまり、みのりとは何にも関係ないのです。しかも、会話といってもたわいのない話が途中でスパっと視点が移動して、映画の文法を無視した感じ。観客にこの作品はこういうテイストですよと高らかに宣言します。

 いったい何が起こるのかと身構えると、みのりが合コン相手を面罵するシーンに移ります。
そこで主人のみのりが登場し、彼女がどういう人間なのかというのが、会話を通じて垣間見えてきます。その間も、合コン相手たちだけのシーンなど、みのりにかかわるけど、直接みのりの出ない会話シーンがいくつもでてきます。

 この会話が本当に素の会話っぽいというか「マジ」「チョー」「神」といった、語彙に乏しい間投詞が連発します。どこまで脚本家どこまでアドリブかと思ったのですが、上映後の監督トークショーによると、大半が脚本らしい。でも、俳優の日常生活を映し出しているようなリアルっぽい会話が続きます。時々、イメージプレイっぽい話が(例えば女にもてる話をしていて、相手にお前が女だとして声を掛けてみて)あって、これはそれほどリアルでないなという気もしましたが、それを含めて日常会話がひたすら続く。タランティーノの「デス・プルーフ」の前半というのか、意味があるの会話もない会話も等価値で続きます。

 それを繰り返しているうちに、いつしかみのりというキャラクターが非常に身近に感じられます。本当にそばにいたらうざいだろうけど、勝ち気でおかしなことにおかしいという性格は、忖度だらけの時代には貴重でしょうし、そんな自分にも悩み、将来に不安を感じる等身大の若い女性が、まさにスクリーンのなかで輝いています。みのりの働いている和風カフェは鎌倉に実在し、和風ラーメンも名物で有名ということで、リアルとフィクションの境目がそこでも薄れていく。本当に、鎌倉にこういう女性がいてもおかしくない。

 萩原みのりが「みのり」役になっているように、二ノ宮監督は彼女を念頭に脚本を書いたそう。実際、子供の頃新体操をやっていたのがケガでやめたとか、萩原本人のエピソードも映画の「みのり」の中で登場します。また、ショートパンツのときの太腿の写し方など、萩原のルックスだけでなく、肉体的にも非常にきれいにとっているのが印象的でした。彼女以外は無名の俳優で固めているだけに、余計に、リアリティと萩原の魅力が観客に伝わってきます。

 彼女の出演作では「正しいバスの見分けかた」を観たばかりで、奇しくもワンカットの会話劇というところ酷似しています。同じリアルっぽい会話劇でも、「正しい〜」のほうがそぎとった会話で物語性が高く、本作のほうがだらだらとした部分を含めてえがいているわけで、映画的には、余計なものをそぎとるという「正しい〜」のほうが好きなのですが、逆に余分なものまでとことんいれるというプルーストの「失われた時をもとめて」のようなスタイルを商業映画でやるというのも非常に新鮮でした。小規模上映なのでDVD化されるかわかりませんが、もしされるのだったらさらに長いバージョンもみてみたいものです。
posted by 映画好きパパ at 05:09 | Comment(0) | 2019年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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