2020年03月03日

風の電話

 東日本大震災で家族を失った少女が心を再生するためのロードムービー。モトーラ世理奈って、失礼ながらいわゆる美人女優とは思えないのですが、存在感はすさまじいものがあります。
 
 作品情報 2020年日本映画 監督:諏訪敦彦 出演 モトーラ世理奈、三浦友和、西島秀俊 上映時間139分 評価★★★★(五段階) 観賞場所:新宿武蔵野館 2020年劇場鑑賞60本目



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 【ストーリー】
 東日本大震災の津波で両親(篠原篤、石橋けい)と弟を失ったハル(モトーラ世理奈)は、広島で伯母の広子(渡辺真起子)と暮らしていた。だが、広子が突然、病気で倒れて意識不明の状態で病院に運ばれてしまう。不安と悲しみから山の中で気を失った彼女は、偶然通りかかった近所の男性公平(三浦友和)に助けられる。

 公平の集落も西日本豪雨の水害で大きな被害を受け、公平自身も妹が自殺し、妻子に出ていかれるなど家庭に恵まれておらず、認知症の老母(別府康子)と2人で暮らしていた。公平に話しかけられても、最初は反応することすらできなかったハルだが、公平や認知症の老女と話しているうちに、故郷の岩手県・大槌町に帰ることを決める。交通費もない彼女はヒッチハイクで旅を始めた。

 【感想】
 女子高生をヒッチハイクで載せると、下手したら未成年者誘拐で逮捕されてしまいますが、ここは映画の世界。警察に連れていかれこともなく、彼女の旅は始まります。旅の途中、3人組のチンピラに襲われたりしますが、ハルは人間を見る目があるのか、必ず彼女の支えになってくれる人が現れます。

 それは、シングルマザーの女性(山本未来)、夫を入管に逮捕されたクルド人の女性、津波で家族を流された元原発作業員の森尾(西島秀俊)といった弱者ばかり。いずれもお説教がましくなく、むしろハルのことを気遣う余裕すらないのですが、日本の片隅でひっそりと、それでも傷を抱えながらも前へ進もうとする人たちと出会うことで、ハルの傷ついた心も徐々に癒されていきます。

 公平のところでは認知症の介護、今も残る原爆の傷跡、森尾と彼の父親(西田敏行)のところでは、原発で故郷を追い出された人たちの哀歌が描かれます。特に福島出身の西田が歌う民謡は、まさに故郷の風土に根付いた日本ならではの力強さと寂しさを感じさせられます。また、クルド人の同世代の少女の、どんな目にあっても前向きに生きていく姿も、なかなか日本人にはみられない感性が、ポジティブに伝わってきました。もともと即興の芝居が多い諏訪作品ですが、クルド人たちは俳優でなくクルド人のコミュニティーの人たちで、自分たちが日本で体験したことを話しているのです。このドキュメンタリーとフィクションの融合というのはなかなか他の映画では味わえません。

 大槌につくまでは、どちらかというと受け身のハルは多くをしゃべることもないのですが、それゆえに感受性の強い高校生に、何が必要なのかということが、みているこちらもわかるような気がします。そして、大槌に到着して、流された家の後にたったり、津波で死んだ親友の母(占部房子)に偶然遭ったり、当時の記憶に直面したとき、それまで受け身で蓋をしていた彼女の気持ちがあらわになります。タイトルになっている風の電話は、大槌に実際ある電話ボックスですが、そこでの10分近い独白シーンは、まさにモトーラしかできない魂の慟哭といってもいいすさまじいシーンでした。

 原爆ところか、東日本大震災や福島第一原発のことですら風化しかけているように思えてならない今日この頃。本作のような、被災者に寄り添うよう丁寧な視点の作品は重要ですし、単に震災だけでない、日本のさまざまな問題に広げたというのも、国際派の諏訪監督らしい視点でしょう。三浦、西島、西田といった日本映画界の錚々たる役者たちの演技を正面から受け止め、なおかつフィクションというよりも、本当にハルという少女が実在しているかのように観客の心に残る演技をしたモトーラの存在感は、映画ファンなら必見といえましょう。
posted by 映画好きパパ at 07:22 | Comment(0) | 2020年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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