2021年11月29日

皮膚を売った男

 人間は国境を超えられないのにアートなら簡単に移動できるという皮肉な現実を映し出した社会派映画。脚本のアイデアが練られて感心しましたが、割と重要な役ででていたモニカ・ベルッチに気付かなかったのには自分にびっくり。

 作品情報 2020年チュニジア、フランス、ベルギー、スウェーデン、ドイツ、カタール、サウジアラビア映画 監督:カウテール・ベン・ハニア 出演:ヤヤ・マヘイニ、ディア・リアン、ケーン・デ・ボーウ  上映時間:104分 評価★★★★(五段階) 観賞場所:川崎チネチッタ 2021年劇場鑑賞273本



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 【ストーリー】
 シリア人の青年サム(ヤヤ・マヘイニ)は、思想犯と間違えられ警察に追われ、恋人のアビール(ディア・リアン)と分かれて、隣国のレバノンに逃げ込む。内戦が激化し、難民として行き場のなくなったサムは、アビールが結婚してベルギーに移住したことを知り、焦る。

 ベイルートで開かれていた現代美術家ジェフリー(ケーン・デ・ボーウ)のパーティーにもぐりこんで食事をあさっていたサムは学芸員のソラヤ(モニカ・ベルッチ)に追い返されようとするが、ジェフリーからある提案を受ける。それは、サムの背中に「VISA」との入れ墨をして、現代美術にすればベルギーに行けるというものだった。難民生活に嫌気を差したサムは、ジェフリーの提案に乗るが…

 【感想】
 世の中にいろいろ不条理がありますが、現代アートというのもその一つ。有名なアーティストが難民の背中に象徴的な文字を書いただけでそれがアートとなる。そうすると難民の受入を拒否する先進国も、美術品として入国を認めるという法の抜け穴をついた話です。実際にこんなことが可能なのかわかりませんが、人間の往来は制限されているのにアートは自由自在に世界をめぐり、しかも、素人にはわからない高額で取引されているのだから不思議です。

 サムはベルギーの美術館の展示品となり、日中はずっと座ってないといけません。しかし、扱いは美術品でも心は人間です。シリア難民を侮辱するなという反対運動が起きたり、故郷の母親(ダリーナ・アル・ジャウンディ)から、親戚中の恥だといわれたり、傷ついてしまいます。

 サムには高額な保険がかけられ、5つ星ホテルでキャビア食べ放題という、難民時代には考えられないような贅沢な生活をするようになります。しかし、アビールは人妻となり、ジェフリーにはなかなか連絡がつかず、心はどんどん荒れていきます。さらに、難民時代は残飯あさりするほど貧しい生活だったのに、アートとしてのサムには数億円の値打ちが突きます。背中に入れ墨がはいっただけで中身も顔も変わらないのに、なぜこんな差がででるのか。サムでなくてもキツネにつままれたような気分になるでしょう。

 それにしてもイスラム圏のチェニジア映画で不倫をにおわすようなシーンがあるのも驚いたし、シリアの田舎の村にいる老母とスカイプで話すというIT化の進展など、普段気付かない世界の進化を感じることもありました。シリアの残酷な警察もISISの過激派も、乙にすました欧米の大金持ちたちも、サムにとっては自分の身を脅かす存在という意味では変わりません。
これは彼自身だけでなく、多くの庶民にとってもそういうものではないでしょうか。

 現実問題、多くの難民が出ており、逃げる途中で子供が殺されるような痛ましい事件が日常的に起きています。そんな彼ら彼女らを別世界の人間として切り捨てていいのか、豊かな先進国の観客がきっさきを突きつけられているように思えました。ラストがなんともいえない凝ったものになっています。監督がイスラム圏の女性監督だからこそ、虐げられたものの声を丁寧にすくいあげられたのでしょう。音楽もイスラム圏らしく、これまたいろいろと思わされます。

 モニカ・ベルッチ以外は初見の俳優ですが、シリア生まれのマヘイニだからこそできるシリア難民としての葛藤は名演技です。恋人役のリアンも、サムへの思いに揺れる女心がよく伝わりました。なにより、モニカ・ベルッチが失礼ながら頭の固そうな学芸員というこれまでの彼女のイメージとはまったく違う役をきっちりこなしていて、もはや演技派女優といっていいですね。
posted by 映画好きパパ at 06:02 | Comment(0) | 2021年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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