2022年12月06日

バルド、偽りの記録と一握りの真実

 メキシコの巨匠、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督がメキシコへの思いや己の存在意義を壮大にうたいあげた傑作。最初はなんだか意味がわかりませんでしたが、終盤になるにつれて膝で手を打つような爽快感が得られました。

 作品情報 2022年メキシコ映画 監督:アレハンドロ・G・イニャリトゥ 出演:ダニエル・ヒメネス・カチョ、グリセルダ・シチリアーニ、ヒメナ・ラマドリッド 上映時間:159分 評価★★★★(五段階) 観賞場所:キネカ大森  2022年劇場鑑賞327本



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 【ストーリー】
 メキシコの著名ジャーナリスト兼ドキュメンタリー監督のシルヴェリオ(ダニエル・ヒメネス・カチョ)は現在、ロサンゼルスを拠点に活動している。このたび、メキシコ人としては初めて、国際的なジャーナリスト賞を受賞することになった。

 受賞を記念して、妻のルシア(グリセルダ・シチリアーニ)と久しぶりに故国のメキシコに帰国することになった。だが、想像もつかないようなできごとが次々と起こり…

 【感想】
 数分〜10分程度のエピソードが次々と流れていきます。特に序盤のエピソードはファンタスティックな寓話が多い。例えば最初のエピソードはルシアが初めて出産することになり、シルヴェリオは病院の廊下で待機しています。しかし、生まれてきた赤ちゃんをみた産婦人科医は、こんな嫌なことばかりの外の世界で生きたくないと言っていると、再び、ルシアの子宮に赤ちゃんを戻してしまいます。 

 このエピソードをきっかけに、夢とも現実ともつかないエピソードが次々と流れていきます。そのなかでも目立ったのが、ハリウッドで成功したイニャリトゥ自身の気持ちの反映だろうけど、アメリカとメキシコに対する深い愛憎です。映画のなかではアマゾン社が米国政府のバックアップを受けてメキシコの一部の州を買い取ろうとして反対運動が起きています。シルヴェリオは米国在住のメキシコ人として、その橋渡しをしなければならない。彼はロスの豪邸に住み、子どもたち(ヒメナ・ラマドリッド、イケル・サンチェス・ソラーノ)もアメリカで成長しています。

 一方で、175年前の米墨戦争(米国によるテキサス併合)で戦死したメキシコの少年兵たちの犠牲が再現されるなど、シルヴェリオの米国への憎しみは各所ででてきます。同時にラテン系の米国の入管職員による嫌がらせや、メキシコに戻った際に旧友から裏切り者っぽく批判されることなど、米国とメキシコの橋渡しという役割への嫌悪。メキシコの貧民のニュースを撮影して高い評価をえているのに、自分は米国で豪勢な暮らしをしている矛盾。シルヴェリオ自身の悩みは、メキシコの事情をしらない日本人の僕にもストレートに伝わっていきます。

 2つの故国を持つということは、家族にとっても大変なこと。食卓の会話が英語になったりスペイン語になったりして、シルヴェリオが子どもをしかりつけるときはスペイン語になるというのは何とも言えない気分でしょう。また、子どもが仲の良いメキシコ人のメイドと一緒にリゾートにいったら、メイドだけ追い払われるなど差別についても子どものころから身の回りにはうようよあります。さらに、冒頭のエピソードにつながる産まれてこなかった赤ちゃんのことが、普段はセレブな家族に影を落とすなど、そもそも家族とは何だろうという根源的な疑問までもたらします。

 一方で、真面目一辺倒でなく冒頭の赤ちゃんのシーンもそうですが、どこかシニカルなユーモアが漂います。メキシコでの受賞記念パーティのダンスシーンは、演者も大変だったでしょうが広大なダンスホールをカメラがところせましとまわって「ラ・ラ・ランド」の冒頭を思い出しました。最初はこんなわけが分からない話で2時間半もどうもたせるのかと心配になりましたが、こういう緩急つけた演出は、さすがです。日本は島国なので普段はあまり考えませんが、2つの故国とはどういうことなのか、つきつけられるのはメキシコ映画ならではなんでしょう。
posted by 映画好きパパ at 06:01 | Comment(0) | 2022年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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