作品情報 2022年日本映画 監督:三宅唱 出演:岸井ゆきの、三浦友和、三浦誠己 上映時間:99分 評価★★★★★(五段階) 観賞場所:ヒューマントラストシネマ有楽町 2022年劇場鑑賞343本
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【ストーリー】
生まれつき耳が聞こえない小河ケイコ(岸井ゆきの)は、ホテルの清掃のバイトをしながらプロボクサーになった。聴覚障害はレフリーやセコンドの声も聞こえず、ボクサーにとって大きなハンディになるが、所属ジムの会長(三浦友和)の理解とトレーナーの林(三浦誠己)、松本(松浦慎一郎)の工夫、そして何よりケイコのガッツでデビュー戦から連勝した。
だが、年老いた会長は病気がちになり、ついにジムを閉めることを決心する。一方、不器用ながらも真面目に練習続けるケイコも、一人孤独にボクシングを続けることの意味に迷いはじめ…
【感想】
聴覚障碍者を描いた作品は、今大ヒットしている「Silent」や、視覚障害と聴覚障害の両方ながら東大教授になった「桜色の風が咲く」とここのところ続いています。両方とも心に染み入る良作なのですが、本作はまず、普段、僕が気にも留めていなかった音が世の中にあふれていることに気づかされました。
電車や自動車が通る音、ボクシングの練習で縄跳びをする音やミットをたたく音。これだけ音にあふれているのにケイコにはまったく届きません。ただひたすら見ることしかできない。そのさみしさ、孤独さというのがストレートに伝わってきました。ケイコには心配してくれる母親(中島ひろ子)や弟(佐藤緋美)がいます。また、会長やトレーナーたちも気にかけてくれます。しかし、彼女の内面の思い、苦しみや苦しみに寄り添ってくれる人はいない。どこまでも自分で立ち向かっていかなければならない。コンビニの店員がマニュアルのようにいう「ポイントカードはいかがですか」という言葉すら彼女に届かないのをみて、変な話ですが、僕だったら聞こえない孤独には耐えられないと思ってしまいました。
ましてボクシングとなれば相手に殴られ、下手すれば命を落としてしまうわけです。普通のボクサーだったらセコンドの指示や観客の声援が励みになるでしょう。しかし、まったく聞こえずたった一人で命がけの勝負を挑む。その凄烈さに見ているこちらも引き締まる思いでした。
三宅監督は抑制された演出と16ミリのざらざらしたフィルムで、ひたすらケイコのことを客観的に映して、彼女の独白など一切ありません。彼女がなぜここまでボクシングに挑むのか。会長の想像はありますが、ケイコが本当にどんな気持ちで思っているのか彼女以外にわからない。でも、世の中本当はそうなんですよね。人は結局たった一人で生きていかなければならない。そのことがなんと美しいのでしょう。手話のシーンも、普通に字幕が同時に着く場合、手話をしている間は字幕がつかずに暗転して字幕だけが大きく流れる場合、字幕がまったくでない場合と3通りあります。聴覚障碍者の作品では字幕が同時通訳されるのは当たり前だけに、それぞれのシーンでどうとらえればいいのか、見ているこちらの心に響きます。
岸井はほぼすっぴんだし、ボクシングで相手にぼこぼこに殴られ顔が腫れあがる場面もありますが、正直、彼女がこれほど美しく見えたことはありませんでした。ボクシングシーンも含めて役に真正面から向き合う誠実さが伝わってくるようです。脇役では弟の恋人・花役に中原ナナが起用されており「ムーンライト・シャドウ」のペアだとほほえましくなってしまいました。花がいい具合に、映画の緊張感を緩和してくれます。また、三浦友和の妻役が仙道敦子なのにもびっくり。実年齢は17歳差あるんですけど、それだけに年の差が離れた夫婦にこれまでどんな歩みがあったのかも知りたくなります。
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