2023年11月19日

正欲

 僕の大好きな朝井リョウの原作をどうやって映画化するのか期待と不安が半々だったのですが、見事に昇華した作品になっていました。新垣結衣をはじめ出演者の熱演が素晴らしい。

 作品情報 2023年日本映画 監督:岸善幸 出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗 上映時間134分 評価:★★★★★(五段階) 観賞場所:TOHOシネマズ六本木ヒルズ  2023年劇場鑑賞397本



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 【ストーリー】
 横浜に住む検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)は小学生の息子・泰希(潤浩)が不登校になり、動画配信をしようということに不満を隠せない。妻の由美(山田真歩)ともそのことをめぐってぎくしゃくしている。


 広島の田舎町に住む販売員の桐生夏月(新垣結衣)は水に興奮する水フェチであることを周囲に隠していた。ストレスがたまるなか、中学校の同級生で水フェチ仲間である佐々木佳道(磯村勇斗)と同窓会であると知り楽しみになる。


 男性恐怖症の女子大生、神戸八重子(東野絢香)は、大学のダンスサークルの諸橋大也(佐藤寛太)だけが自分を性的な目で見ないために安心していた。しかし、諸橋のほうはまとわりつこうとする八重子を不快に思う。性別、年齢、職業、そして性的指向も異なる彼らの人生が、やがて ある時点で交差し…。


 【感想】
 僕にとっては今年ベストクラスの名作なんだけど、世の中の多くの人にとってどう受け止められるかというのは結構、不安なところがあります。多様性の時代といわれ、変わりつつもあるけれど理解できないものへの嫌悪、恐怖というものは根強くあるから。普通の映画だったら検事として犯罪を裁く正義の主人公である寺井が、主要登場人物の中で唯一“普通”の性的指向をもち、受験競争に勝って良い大学、良い就職先というレールこそが正しいと思っていますが、本作ではそれが時代に取り残されつつあるという流れになっています。まあ、現実には人間の考えなどそう簡単にかわらないから寺井的生き方が圧倒的正義。ただ、最近になって揺らぎが出ているのも事実で、僕の若いころに比べたらはるかに生きやすくなっています。この映画で問うている年末年始の成績は僕も落第なので、もっと遅くに生まれたかったかな。もっともどの時代にも大変さはあるのでしょうが


 アセクシャルをあつかった映画「そばかす」の感想にも書きましたが、僕は性的指向もアセクシャルに近いものもあるし、発達障害なのかもしれませんが、普通のことができません。幼いころから周囲から指弾を受けないようにびくびくと暮してきており、本作での「誰にもバレないように、無事に死ぬために生きてるって感じ」というセリフに心の底から共感します。本では各登場人物の背景を書き込む必要があって、幅広いがゆえになかなかぴんと来なかった部分も、映像化で重要なセリフを取捨選択していて、なおかつ映像や音というものがあるため、原作よりもはるかに届きやすかった。納豆、回転すし、オムライス、食パンにマヨネーズといったありふれた食べ物をどうやって食べるかで性格や状況が分かるという描写も映像作品ならではのメリットです。


 夏月が地元のイオンの販売員として働いていて、子連れで幸せそうな同級生が客として来たり、同僚が妊娠したりしていますが、そういう人たちが自分が完全に幸せであり、なぜそれをしないのという有形無形の圧というものは僕自身、生きていてたまらなく嫌でした。映画では徳永えり、渡辺大知といった渋い配役もあって、その嫌らしさ加減が多くの人にも伝わってきたのではないでしょうか。


 こういう、少数派の苦しみ、排除しないような作品が徐々にでてきているのはうれしい限り。ただ、映画の世界では夏月と佳道のように同じような苦しみを持った人と出会えるし、しかも容姿に恵まれているわけですけど、リアルの人生ではそんなにうまいことは起きない。従って、「無事に死ぬために生きている」状態を嫌々続けざるを得ず、同時に世間の大多数の人が普通に生活している幸せへの嫉妬というのが猛烈に起きてしまうわけです。結局のところ人間は分かり合えず、僕も水フェチの気持ちは分かりません。ただ、分からなくても嫌悪、排除、無理な同化をしようとしないということが一番求められている気がします。何も知らない寺井と夏月が偶然買い物中に出会うシーンがあって、まさにこのときの2人の描写がいろんな意味でエモかったです。


 新垣結衣は演技のステージが一段上ったというか、結婚して事務所を独立したこともあり、これまでの彼女とは違った役柄にうまくはまっていました。あの死んだ魚のような目で心底軽蔑するような睨み方は、彼女だからできたと思います。また、主役が稲垣吾郎になっているというのも印象的。制作時期はまったく偶然でしょうが、ジャニーズの性被害が社会問題になっている中、稲垣吾郎が検事として小児性愛者を糾弾するシーンが流れるのを観るとは、いろいろ思わされました。磯村は「月」「ビリーバーズ」のようなとんがった役柄を任せてたら若手随一でしょう。


 このほか、佐藤はエグザイル出身らしくセリフは少なめですがダンスの躍動感は半端ない。また、東野の演技を意識してみるのは初めてですが、挙動不審な八重子をリアルに再現できており、今後が楽しみな女優です。最近注目の白鳥玉季、もはや名作には無くてはならない宇野祥平など脇役も魅力的でした。
posted by 映画好きパパ at 18:00 | Comment(0) | 2023年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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