2024年05月16日

悪は存在しない

非常に上質な作品ですが、賛否分かれるラストはまさに意味不明瞭。ラストにふれざるをえないのでネタバレ満開で紹介します。


 作品情報 2023年日本映画 監督:濱口竜介 出演:大美賀均、西川玲、小坂竜士 上映時間106分 評価:★★★★★(五段階) 観賞場所:ル・シネマ渋谷宮下  2024年劇場鑑賞169本



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 【ストーリー】
 長野県の山間の小さな町で、巧(大美賀均)は便利屋をしながら、8歳の娘、花(西川玲)とひっそりと暮していた。ある日、グランピングの建設計画が持ち上がった。


 開発企業は芸能事務所でリゾート開発は素人。計画はずさんで、巧たち住人は排水施設が不十分で水源が汚染されると反発する。また、そこは鹿の水飲み場でもあった。計画の担当者、高橋(小坂竜士)はもともと芸能人のマネージャー。コロナの補助金目当ての会社に無理やり仕事を押し付けられたのだ。部下の黛(渋谷采郁)とともに、内心は住民の指摘に賛成しつつも、会社の命令で無理やり工事を進めなければならない。そのため、青年たちのリーダー格の巧に協力を持ちかけようとしたのだが…


 【感想】
 最初は都会人のよくあるエコ幻想なのかと思ってみてました。グランピング施設はいま急速に増えていますが、過疎地の雇用対策ひいては経済活性化のために歓迎する地域が多い。また、開発業者側は役所を抱きこんで地域の有力者に最初に根回ししますから、いきなり説明会で反対一色でつるし上げというのも違和感を覚えました。僕自身が知っている限りでは、たいてい地域が賛否両論で真っ二つになるのに、本作は地元住民は全員正しいというふうにうけとれたからです。


 しかし、中盤は一転して説明会で悪役だった高橋にフォーカスされます。説明会では準備不足もあり官僚的な発言が多かったのが、黛と会社に戻ると完全に住民の立場に沿った意見を上司にあげていきます。さらに、こんな仕事をするなら辞めたいとも。当初はタイトルの「悪は存在しない」はハンナ・アーレントよろしく、善人でも個が組織に埋没することで悪い結果につながるという意味かと思いました。


 ところが、濱口監督のストーリーテリングはそんな甘いものではありません。高橋と黛は巧の協力をするために、集落の仕事を手伝うことになります。そして驚愕のラストへとつながっていきます。


 それにしても、静謐でワンカット長回しも多いのになんて緊張感あふれる画作りなのかと驚嘆しました。ただ親子が森の中を歩いているだけなのにスクリーンから目が離せない。ワンカット長回しはちょくちょくあるけど、凡庸な監督だと眠気を呼ぶだけなんですよね。濱口監督のすさまじい手腕がみせられます。もともと音楽の石橋英子のライブとのコラボが出発点にあっただけに、無いようにぴったりの音楽にもただ聞きほれるばかり。


 また、撮影の8割を行ったという長野県原村と富士見町の雄大な自然とそのなかで地に足をついた生活も丁寧に映し出しています。結構、山間部を描いた作品は生活感がないものがおおく、いかにも都会っぽさがぬけきれないのですが、本作はまさにこの地に生きているという住民がエキストラに至るまで描かれていること。


 さて、問題のラストです。これまで積み上げてきたものをえいやっと壊して終わる唐突な展開。ネットでの意見をいろいろみましたけど、正直、的外れと思えるものが多かった。自分なりに考えると、まず長年田舎に生きてきた巧にとって、たとえ自然を礼賛していても都会人の無神経さがいらっとくるわけです。特に表情豊かな高橋や黛と違って、巧は往年の豊川悦司のように暗く内心を押し隠している。だから、沸点がきたのではないかということ。


 ただ、それにしても何で最初に花のところに行かなかったのかは、観た直後は疑問でした。しかし、後々考えると人間はとっさのときに理性的な行動をとるとは限らないというか少ない。映画では起承転結、それまでの流れにそうけれど、リアルな人間はそんなことがない。逆に予定調和を受け身の姿勢で期待している観客に、お前の予想とは違うけれど、どういう意味か自分の頭で考えろ、と監督から強烈なメッセージを突きつけられたように感じてきました。自分の回答と監督の意図が違っても、とにかく考えろというわけですね。なかなかチャレンジングで、アカデミー賞監督でありながら東京でわずか2館という小規模上映なのも、受け身の客はいらないという意図なんでしょうね。記憶にとどまりそうな作品です。




posted by 映画好きパパ at 06:12 | Comment(0) | 2024年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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