作品情報 2023年アメリカ、イギリス、ポーランド映画 監督:ジョナサン・グレイザー 出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー、ラルフ・ハーフォース 上映時間106分 評価:★★★★★(五段階) 観賞場所:109シネマズ川崎 2024年劇場鑑賞194本
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【ストーリー】
アウシュビッツ収容所の所長、ルドルフ・ヘス(クリスティアン・フリーデル)の官舎は収容所に隣接しており、妻のヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)、赤ちゃんを含めた5人の子供と暮らしている。収容所からは銃声や囚人の悲鳴が日常的に聞こえているが、ヘス一家は庭にきれいな花を植えたり、みんなで泳ぎに行ったり幸せな日常を送っている…
【感想】
収容所の官舎に家族がいる作品は「縞模様のパジャマの少年」を思い出しました。しかし、あの作品では収容所の事実を知った所長の妻(ヴェラ・ファーミガ)は良心の呵責からアルコール中毒になります。しかし、本作で描かれている史実のヘートヴィヒは自然豊かで所長の妻として周囲からも尊敬されることから、生活を満喫しています。のちにヘスが転任になっても自分と子供たちは居座ります。
といって、ヘスの家族が極悪人というわけでなく、当時のドイツの一般的な家族だったのでしょう。ユダヤ人はまったく他人であり、総統をはじめナチスのいうことに従っていれば豊かな生活を送れるので何ら不満はありません。庭の茶会に招いたヘートヴィヒの友たちの女性たちも、悲鳴などは無視して平然と会話を続け、ごちそうに舌鼓をうっています。
ヘスは労働者階級出身ですが官僚として優秀で出世しました。ユダヤ人たちをどうやって処分するのか冷静に仕事をしているのもごく普通の人だからでしょう。アイヒマン裁判で問題になったように、邪悪な人間というよりも普通の人間が仕事を熱心にすることで悪事をなしえていくことのほうがはるかに多いわけで、それは今もウクライナや中東でも同じようなことが起きているわけです。あるいは日本でもホームレスが凍死したり、入管の収容者が病気でも医者に見せてもらえず死ぬことに関心を持っている人はたいしていません。逆に企業の不正に黙って従っている人がどれだけいるのか、数々の事件をみれば明白です。僕も含めて関心領域外のことはどうなろうと、普通の生活を送っていく人が大半なわけです。
さらに本作が優れているのは、題材からしてエモーショナルにいくらでも描けるのに、ドイツを代表する女優のザンドラ・ヒュラー(落下の解剖学)を起用しつつも、演技をさせずにナチュラルな生活を描いているような演出、エピソードの羅列や時折混ぜ込む説明なしの登場人物の行動など、従来の映画とは違った方式で淡々とみせていることです。
特に、少女が収容所の敷地にこっそり忍び込んでリンゴをおいている意味は、後で監督のインタビューを観るまでよくわかりませんでした。実際に地元の少女が飢えに苦しむ囚人たちのために、何とかしようとした行動があったそうです。しかし、この映画がすごいのは、そのリンゴをめぐって囚人同士が争って射殺されるという声が聞こえてくること。数少ない戦場での善意でも人の命を奪うことがある恐ろしさはたまりません。
画面では虐殺シーンをみせずに、説明なしで聞こえてくる音が観客をすり減らします。一方で、豊かな森での鳥の鳴き声、川のせせらぎといった自然の音もあり、人間の愚かさがいっそう際立ちます。さらに、不協和音に満ちて不快感でおかしくなりそうなエンディング曲もあり、音をこれだけ効果的に使っている作品も少ないのでは。賛否両論のようですが、とにかくショッキングな作品でした。ヘスの戦後は有名ですが、次女のインゲブリギットは2015年に亡くなる前にインタビューに答えており、ヤフーでは当時の記事がみれます。なんとも複雑な感じです。
【2024年に見た映画の最新記事】
変なカメラワークに不穏な効果音、どこまでも日常的なストーリー。
ひょっとしたら「なんか変な日常ドラマ」と感じるのでしょうか?
それはそれで関心領域外で怖いですね。
アウシュビッツのことを知らなかったら退屈で寝てしまうかもしれません。
また、ユダヤ人の悲鳴も日本語字幕をつけてないだけに、工事の音と
勘違いしちゃうかも。観る人の良識が問われる作品だと思いました。