作品情報 2023年日本映画 監督:入江悠 出演:河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎 上映時113分 評価:★★★★★(五段階) 観賞場所:キノシネマみなとみらい 2024年劇場鑑賞211本
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【ストーリー】
香川杏(河合優実)は幼いころから母親の春海(河井青葉)の虐待を受け、12歳には母親から無理やり売春をさせられていた。さらに、家には祖母の恵美子(広岡由里子)が要介護状態で、母に代わってその面倒を見ていた。
売春のうえ、覚せい剤まで手を出した杏は警察につかまる。取り調べに当たった多々羅刑事(佐藤二朗)は一見、柄が悪いが薬物依存の自助グループを作っており、杏も出所後に参加。グループを取材している記者の桐野(稲垣吾郎)の協力で介護施設での仕事が見つかり、更生への道を歩み始めた。だが、2020年初頭、コロナウイルスが世界で流行しはじめ…
【感想】
虐待を受けているうえにヤングケアラーの杏は小学校にもろくにいけず、自分も体を売っている母親から虐待を受けていました。序盤の買春客と覚せい剤で目が完全に死んでいる様子は寒気がくるほど、リアルに感じます。そんな彼女が多々羅や桐野と出会って、初めて自分のことを気にかけてくれる大人がいると知ったのは生きる喜びになったでしょう。
簡単な漢字を桐野から習ったり、介護施設で老人たちの世話をかいがいしくしたり、他人からまともな扱いを受けて、自分も他人にまともに接する。こういう大部分の人にとっては当たり前のことを生まれて初めて体験することで、杏の表情も徐々にやわらかくなっていきます。初任給で日記をつけるノートを買おうとする彼女の姿は、どんな厳しい環境にあっても希望があれば人は生きられるという事実を突きつけられます。
母の虐待は続くなか、多々羅はシェルターや日本語学校に杏を紹介して、何とか負の連鎖から断ち切ろうとしています。通常、母親があそこまで毒親だったら、逆に杏を救おうとする人たちは完全な善人に描くでしょう。しかし、一人の人間の中に善も悪もあります。そういった不穏な状況が物語を浸食していきます。
さらに新型コロナの蔓延は、ようやく周囲とつながりだした杏を再び孤立させるものでした。ここである事情から近所の女性(早見あかり)に頼まれて、彼女の赤ん坊の面倒をみることになります。泣きわめいてわがままな赤ん坊とはいえ、杏は本来親切だったのでしょう。不幸の連鎖が断ち切られると思ったのですけど、悪いほうに転がりだしたらとどめるのは大変なことです。
入江監督は失礼ながら大作は今一つなんですけど、本作は最高傑作といっていいほどの出来栄え。特に説明セリフ、説明調の視点はできるだけ削って、杏もあまりしゃべらさないで彼女が確かにここにいたという証を見せるのはすごい演出。ラストの演出法は賛否両論ありますが、僕はあえて単純な感動ポルノにしないためにもぐだぐだ続けたのかなと思ってます。
河合はこれまでも「由宇子の天秤」「サマーフィルムにのって」「不適切にもほどがある!」と幅広い役柄をこなしてきました。しかし、本作はそれらと違い、売れっ子女優とは思えないノーメイクでさえない容姿と体形で、本当にこんな少女がいたと納得させる存在になっていました。佐藤、稲垣は手堅い演技ですが、もう一人毒親役の河井も、小柄なのに本当に観ていて恐ろしく、母娘の対決はまさに鬼気迫るものでした。
7人に1人は貧困児童なのに、自己責任ばかり強調されて社会のマジョリティは冷酷です。彼女に手を差し伸べるどころか、彼女のように本当に困っている人が見えないのでしょうね。終盤、コロナ禍でブルーインパルスが飛ぶ映像が効果的。特に日本の場合は裕福な人ほどわがままが多く身勝手だという印象がありますので、杏のような悲劇はこれからも起きるだろうと思うと暗澹としてしまいます。
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