2024年09月06日

侍タイムスリッパ―

 時代劇に熱い思いをぶつけた低予算のインディーズ作品ですが、あまりの面白さに口コミで話題が爆発。インディーズから大ヒットした「カメラを止めるな」の再現とまで言われています。非常に良くできた娯楽作で、笑って、時代劇や映画への思いに感動して、滅びゆくものの美学に切なくなる大傑作。特にクライマックスの迫力あるチャンバラは大スクリーンでみることを強くお勧めします。


 作品情報 2023年日本映画 監督:安田淳一 出演:山口馬木也、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの 上映時間131分 評価:★★★★★(五段階) 観賞場所:川崎チネチッタ  2024年劇場鑑賞312本



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 【ストーリー】
 幕末、会津藩の下級武士、高坂新左衛門(山口馬木也)は長州藩士、山形彦九郎(庄野崎謙)を切るよう命じられ、京都の古寺、西径寺の前で斬りあいとなった。そこへ雷が落ち、高坂は気絶してしまう。気づいたときは、街中にいたがどこか様子が変。しかも、悪そうな浪人たちに若い女性が襲われそうになっていた。そこへ、無用の介(田村ツトム)と名乗る侍が助けに入る。高坂も助太刀しようとしたとたん、「カット」との声と「何やってるんだ」との怒声が。


 なんと高坂は現代の京都撮影所にタイムスリップしていたのだ。慌てた高坂はゾンビ映画の出演者を本物と思い込み、逃げる途中に機材に頭をぶつけて失神。映画の助監督の山本優子(沙倉ゆうの)が手当してくれる。優子やかつて西径寺の現代の住職(福田善晴)は、高坂が頭を打って記憶喪失になったと信じこむ。高坂は現代で生きるために、撮影所の斬られ役として雇われることになり…


 【感想】
 安田監督は京都で田んぼ作りをしながらの監督業で、予算もなくアイデアと熱意だけで作り上げたこの作品では、脚本、撮影、編集、照明と一人で何役も掛け持ちしています。映画の助監督も、助監督役の女優の沙倉がやるというまったくの手作り作品。ただ、脚本に感心した東映の京都撮影所が全面協力。劇中の殺陣師役にベテラン斬られ役の峰蘭太郎が起用されるなど、時代劇ファンにはうれしいかぎり。山口も「剣客商売」をはじめ、数々の時代劇に登場していますし、ノースターながら完璧な布陣に仕上がりました。


 ストーリーは前半はタイムスリップものあるあるを、ちょっとコミカルに描いています。会津弁で下級武士がゆえに腰の低い高坂が、現代とのギャップにとまどったり、威勢も面倒見も良い優子のペースに巻き込まれたりと、笑いどころは多数。さらに、住職役の福田と住職の妻役の紅萬子は関西演劇界のベテラン。高坂の行動に的確なツッコミを次々と入れていき、笑いを盛り上げます。


 中盤からは時代劇のありかたにもフォーカスがあたっていきます。予告編にあるように、高坂がタイムスリップしたのは、幕府崩壊から140年後、すなわり今から15年ほど前の2007年か8年なんですよね。実はテレビ時代劇はこのころまでギリギリ続いていた。いわば時代劇が茶の間に親しまれた最後のころだったわけです。そうしたなか、時代劇の火を消さないように懸命となる撮影所の古株俳優やスタッフたち。若い世代の優子も何とか自分が監督になって盛り立てたいと努力をします。この時代の流れに必死に逆らった彼ら彼女らが、高坂から見れば滅びゆく幕府を支えようとした自分たちに重なったのでしょう。このあたり、高坂は主役ですが、あまりセリフのない斬られ役やスタッフの面々まで、心情が観ているこちらに伝わってきて熱くなりました。


 そして、時代劇の起死回生策として、大型映画が京都で制作されることになります。主演の時代劇スター、風見恭一郎(冨家ノリマサ)は、高坂を相手役に大抜擢します。この辺りは劇中の理由は別にあるとはいえ、この映画が捧げられた、東映の斬られ役俳優の代表だった故・福本清三が「ラストサムライ」に起用された出来事のオマージュのよう。タイムスリップして、右も左もわからない中、懸命に努力していた高坂をちゃんと見て、評価している人がいたわけで、努力とかまじめとかがバカにされる現代で、やっぱりこうした美点は重要だと思わせてくれます。


 クライマックスの殺陣は、かつてみたことのないほど迫力があり、時代劇映画の歴史に残るといっても過言ではないほどの大迫力。これも、安田監督の思いに東映のスタッフ、そして山口、冨家ら俳優陣が応えてくれたからでしょう。このアクションを大画面で観られることは、至福の映画体験といえるほどです。


 ベテラン山口の、朴訥として気が良いけれど、剣の腕は天下一品という高坂になりきったような演技は好感が持てます。他のベテラン俳優もこの世界にこなれているなか、沙倉の存在がちょっと違和感を覚えさせますが、それが、オジサンだらけの撮影所に若い女性が飛び込んだという優子の存在にリアルさを与えています。配役は山口、沙倉から、撮影所のエキストラに至るまで完璧でした。


 時代劇への郷愁、オマージュといったものも多数見られます。小津安二郎風時代劇のカット割りの見事さにも驚嘆しました。この映画の時代から15年たち、「るろうに剣心」のような若者にも人気の作品、今年公開の「鬼平犯科帳」といった伝統を受け継ぐ作品など散発的にあります。やはり、滅びそうになっても時代劇が何とかつながっているのは、たんなる勧善懲悪を乗り越えて、本作にあるようにその時代に生きた人たちの思いを現代に伝えたいという意図が期せずしてあるのかもしれません。クライマックスの感動から落ちの付け方まで100点満点といえる作品でした。
posted by 映画好きパパ at 18:00 | Comment(0) | 2024年に見た映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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